オギ
多分これはススキではなくてオギなんだろう。ススキは乾燥した場所に生えるから、沼沿いにあるこれはきっとオギに違いない。
まあススキであろうとオギであろうと、どちらにしてもその姿を見れば秋の到来を感じることには変わりないけど。
オギの古名は『風聞草』とういうらしい。なかなか素敵な言葉だ。細長い葉や茎が風に靡いてさやさやと音を立てるオギ。
その音は秋の到来を告げるものとして古来よりうたわれている。例えばこんな感じ。
葦辺なる 荻の葉さやぎ 秋風の 吹き来るなへに 雁鳴き渡る
―作者未詳,万葉集
葦辺に生える荻の葉がざわつき秋風が吹き寄せてきた
折しも雁が鳴きながら空を渡っていった
荻の葉の そよぐ音こそ 秋風の 人に知らるる はじめなりけり
―紀貫之,拾遺集
荻の葉が風になびいてそよそよと立てる音こそ秋風が人々に知られ始めるのだな
寝ざめねば 聞かぬなるらむ 荻風は 吹かざらめやは 秋の夜な夜な
―和泉式部,和泉式部日記
あなたはお目覚めにならないのでお聞きにならないのでしょう
あなたを招く荻風が秋の毎晩吹かないことがどうしてありましょうか
もちろん他にもいろいろとあるけど、
オギは秋を告げる音だったり声だったりのイメージでうたわれることが多いのではないだろうか?
ススキ
ススキは見た目から『尾花』とも呼ばれる。『茅』とも呼ばれるけどこれはススキだけを指す言葉じゃあない。
茅は屋根材や家畜の餌などに用いられていた草の総称で、ススキを束ねて家の天井を覆って屋根にした茅葺き屋根が典型的なもの。
ススキはオギとは違って例えば万葉集ではススキとしてうたわれているものは17首もある。
尾花や茅も合わせるとさらにその数は増えるわけだけど、それに対してオギは3首だけだ。
人皆は萩を秋と言ふよし我れは尾花が末を秋とは言はむ.
―作者未詳,万葉集
みんなは萩が秋の花だというけれどわたしは尾花の穂先こそが秋の花と言いましょう
清少納言が『枕草子』の中ですすきについて書いている。
こんな感じだ。
秋の野のおしなべたるをかしさは、
―清少納言,枕草子64段
すすきこそあれ。
穂先の蘇枋にいと濃きが、
朝露にぬれてうちなびきたるは、
さばかりの物やはある。
秋の果てぞ、
いと見所なき。
色々に乱れ咲きたりし花の、
かたもなく散りたるに、
冬の末まで頭の白くおほどれたるも知らず、
昔思ひて顔に風になびきてかひろぎ立てる、
人にこそいみじう似たれ。
よそふる心ありて、
それをしもこそ、
あはれと思ふべけれ。
秋の野の素晴らしさはススキだからこそ
濃い蘇枋色の穂先が朝露に濡れてなびいている情景ほど美しいものが他にあるだろうか
ただ秋の終わりは全く見るべき所がない
いろいろな色に乱れ咲いていた花が跡形もなく散ってしまった後
冬の終わりころには頭がまっ白く乱れ広がっていることも無自覚なまま
昔を思い出しているような顔つきで風になびいてゆらゆら立っているの姿は人間にとてもよく似ている
このように人の身になぞらえる心があるのですすきを感慨深く思うのだろう
まあ人は誰でもいずれは老いるものなのだ。こればかりは仕方がない。
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