僕とボクのエピソードには共通点なんて特にはないけれど…

カスミソウ

僕のエピソード

村上春樹初の短編集のタイトルにもなっている『中国行きのスロウ・ボート』には、
3つの中国人のエピソードが出てくる。

そのうちの1つが、
主人公『僕』が大学二年生の春にアルバイト先で知り合った無口な女子大生の話だ。

初めてのデートの帰りに、
新宿駅で彼女を逆回りの山手線に乗せてしまう『僕』。

途中で気付いたにもかかわらず、
そのまま逆回りで駒込駅まで乗って来た彼女。

謝る『僕』に、
『いいのよ、そもそもここは私が居るべき場所じゃないのよ。』と彼女。

最後にもう1度最初からやり直そう、
明日会おう電話するよと『僕』。

なのに『僕』は更に致命的な過ちを犯す。
教えて貰った電話番号を控えた紙マッチを煙草の空箱と一緒に捨ててしまうのだ。

そして彼女とはもう二度と会うことが出来なかった、
と言うなんとも切ない話だ。

ボクのエピソード

ボクはこのエピソードを読む度に、
高三の時に知り合った1人の女のコのことを思い出す。

山手線でもないし、
新宿駅でも駒込駅でもない。

思い出すシーンはいつも御茶ノ水駅のホームの聖橋寄りに居る2人。

始まりは…

予備校の授業が終わって帰ろうとした時のことだ。

今まで話したこともない1人の女の子が突然『貴方は私と居るべきだと思うの』と言ってきたのだ。

『好きです』とか『付き合ってください』とかならまだわかるけど、
よくは知らないのにいきなり一緒に居るべきというのはなかなかないアプローチだ。

実はよく知らない女性からそんなふうに言われたことが今まで3度ある。

この時がその記念すべき ―かどうかはわからないが― 1回目のことだった。

どうして女の子たちがそんなふうに思ったりしたのか?
はわからない。

あとから訊いてみても明確な答が返ってきたことは1度もない。

いつも「私にもわからないわ。ただ突然そう思ってすぐに伝えなきゃと思ったのよ。」って感じだ。

何か変なスイッチがボクにあるのかもしれないし、
彼女たちのものをボクが押してしまうのかもしれない。

いくら考えたところで正解も結論もない。

いずれにしても…

彼女の突然の提案はボクにそのまま素直に受け入れられることになる。

少し変わってはいたが、
明らかに人目を惹くその女のコと一緒に居るのは悪い気はしなかった。

それからボクたちは授業を一緒に受けて、
帰りは並んで駅まで歩くようになる。

そして彼女が電車に乗る側のホームに降りる。

暫く他愛もない会話をして彼女を見送る。

ボクは逆方向のホームに移って違う電車に乗る。

時々彼女がボクのホームに来て見送ってくれたこともある。

ただそれだけのことだ。

あれは付き合っていたと言えるのだろうか?

でも少なくとも『居るべきだ』だけは何となく一致していたような気もする。

この物語を読んでいると必ずその時のことを何故か思い出すのだ。

だからと言ってこの話に出てくるようなことは何も起こらない。

そもそも彼女は純粋な日本人で中国人ではなかった。

ただ今思うとかなり変わったコだったことは間違いがない

そして彼女を逆方向のボクの電車に乗せたこともないし、
滅多に掛けることはなかったけれどもちろん電話番号だって知っていた。

1度だけデートして2度と会うことがなかったわけでもないし、
受かった大学は違ったけれどその後もしばらくはたまに会ったりしていた。

でもボクにはくっついたり離れたりしながら一緒に居た別の女の子が存在していた。

一方彼女も世間は狭いみたいで、
ボクの中学校の先輩と付き合っているらしいという噂を耳にしたりした。

結局彼女とは段々と疎遠になっていった。

そこには何かキッカケがあったわけではない。

いつの間にか連絡をしなくなり会わなくなってそれでおしまいだ。

その後ボクが就職した時に彼女はカスミソウの花束をボクに届けてくれた。

わざわざ直接持ってきてくれたんだけれど、
その時ボクは不在で彼女に会うことはなかった。

それを最後にボクと彼女のラインはプツリと切れてしまう。

そしてもう二度と繋がることがないまま今に至っている。

これはもう随分昔の話だ。

ただボクは今でも山手線で駒込駅を通勤で通るし、
新宿で降りるし、
たまに御茶ノ水駅を使うこともある。

だからと言ってこの物語を思い出すことはないし、
ボクとその彼女とのことを思い出すこともない。

ソニー・ロリンズやエラ・フィッツジェラルドの『On a Slow Boat to China』が、
頭の中で鳴ることもない。

なのに、
この短編を読む時だけは必ず思い出すのだ。

何が記憶を引っ張り出すスイッチになっているのか?
はわからない。

1つだけ今になってわかることはこうだ。

お互い一緒に居るべきだったけれど、
居るべき場所ではないと思い込んでしまったこと。

ある女の子が『Love』と『Want』の違いということについて話していた。

『I Love You』には『I Want You』が含まれるけど、
『I Want You』には『I Love You』なんて本当は関係なくてただただもう『Want』なのよ。

まあ確かにそういう考え方もある。

そしてその時の2人は2人で、
居るべき人と居るべき場所は違うものと思っていたんだろう。

そうやってお互いに居るべき場所を他に求めることになる。

でもね本当に居るべき場所って言うのは、
求めたり探したりするものではなく、
一緒に居たい人と丁寧につくり上げていく居たい場所であるべきだ。

もちろん居るべき人が居たい人とは限らない。

居るべき場所が居たい場所とも限らない。

今、
彼女が居たい人とちゃんと居たい場所をつくれていれば良いなと思う。

The Kinks – This is Where I Belong

というわけで曲はキンクス1967年のシングル『Mister Pleasant』のB面だった『This is Where I Belong』。

アルバム『Face to Face』のセッションでレコーディングされた曲だね。

結局アルバムには収められなかったけれど、
その後ボーナス・トラックで収録されている。

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