Dareka-no-kotoba

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好奇心メーターが上がると幸せを感じる回数も増えるかもしれない

好奇心のメーターが上昇すれば幸せを感じる回数も増えるかもしれない。バートランド・ラッセルの『幸福論』の中の一節『多くのものに興味を持つほど、幸せを感じられる機会が多くなる。』とはきっとそういうことなのだろうと思う。これには賛成するしかない。
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慣れてまあいいやと思うことは別に甘いとは限らないんだと思うけどな

たまには『まあいいや』と甘やかすことは悪くない。それは向日葵でも何でも良いんだけれど、『まあいいや』になるものを幾つか自分の中に持っていると随分楽に過ごせたりする。そして、良い意味で慣れて以前はどうだこうだと懐かしむ前に先に進むのもありだ。
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金色の帽子をかぶらなくても高く跳ばなくても『I must have you!』と言われるようでないとね

さあ金色の帽子をかぶれ、もしも彼女に効き目があるならね。高く跳べるならあの娘のために跳び上がれ。金色帽子をかぶった高くジャンプする愛しいあなた、あんたをモノにしなくっちゃ!と彼女が叫んでくれるまで。そういう時期もあるけど早めに気付くべきだ。
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萩原朔太郎とシェイクスピアとツルゲーネフによる幸福ということについて

思うに、そもそも幸福とは『状態』ではなくて、その瞬間瞬間の『気分』だったり『感情』だったりするのではないだろうか?なので誰かを幸せにしようとかしてもらおうとかそんな烏滸がましいことは考えたこともないし、幸せになろうと考えたことはないのいだ。
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チョコレートって実は偉大だったりするんだよなというはなしを少ししてみる

本当に必要なのは愛だけどたまにはチョコレートも悪くないわね。チョコレートはセラピーよりも安いし予約の必要もない。チョコレートが愛の代わりになるわけではない。愛はチョコレートの代わり。チョコレートは男よりも遥かに信頼できるという現実を見よう。
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感じる感じ方は「おや、すてきだぞ」か「あれ、ひどいな」の二通りしかない。

わたしが詩を読む時、感じる感じ方は「おや、すてきだぞ」か「あれ、ひどいな」の二通りしかない。他には、ない。これは高橋源一郎氏のデビュー作『さようならギャングたち』の一節。ボクも何かを見たり読んだり聴いたりする時は同じように、二通りしかない。
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Overture…誘惑に屈するのも悪くない(誘惑についての3つの言葉)

誘惑には屈する方がいい。もう二度と訪れないかもしれないから。誘惑なしに魂の成長はない。誘惑から自由になるたったひとつの方法はそれに屈することだ。まあそういうわけで誘惑に屈するのは悪くないのだ。何か新しい扉の鍵を手に入れるようなものだからね。
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